ふたごはたいてい区別がつかない

小学2年生の頃、好きな子をふたごの子と間違えた苦い思い出

論理的思考と日常生活

こんにちは、最近とても寒くなってきましたね。コートを出す日も近いかもしれません。

 

近頃は、論理的思考がうんぬんなどがよく言われますよね。一方で、僕は日常生活に論理的なことを多く持ち込むのは嫌に感じることが多いのでそのことについて例をあげつつ語りたいなと思います。以下であげる例は極端であり、本来の論理的思考とは違うことを注意しておきます。

 

例えば以下の例文を考えてみてください。

「薬を飲まなければ病気は治らない」

これを論理的に考え、対偶を考えると、

「病気が治るならば薬を飲む」

となります。明らかに、日常生活においてこの二つの文は違う意味を持ちます。このような部分で日常生活において、論理的な「必要条件」や「十分条件」を考えるのはナンセンスと考えられると思います。

 

日常生活における論理的であるというのは、接続詞の使い方であったり、原因と結果の関係をしっかりさせるといった部分で現れるのでしょうね。

以前読んだ本に、「論理トレーニング101」という本があります。この本では、論理的に正しい接続詞の使い方などを演習問題付きの読み物として楽しめます。ぜひ読んでみてくださいね。

 

ところで先日、日本ハムファイターズの新監督に新庄剛志さんが任命されたと話題になりました。その活動の中で、清宮選手に以下のような助言をしたと話題になりました。

「昔の方がもっと飛んでいた。昔の方がスリムじゃなかった? 今はキレがない気がするから痩せてみよう。そのほうがモテる」

成績が振るわない清宮選手への変化の一つとしての減量の提案なのでしょう。最後の「そのほうがモテる」という言葉は、野球とは全く関係のない言葉ですが、本人のモチベーションに繋がるとても寄り添った言葉ですよね。

こういう言葉をみるにつけ、人を動かすのは論理的な事実だけでなく、寄り添った感情的な言葉なことを学びます。